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4月24日はファッションレボリューションデー

毎年4月は、「衣料品の背景」についてお伝えする機会が多い月です。

アースデイ東京の出店があり、
(今年9年めの出店となりました、たくさんのみなさまとお会いできて嬉しかったです。→report)
ここに参加させていただくことの意味、意義を毎回考えます。
たくさんのNPO/NGO団体の発表や活動報告に触れ、
おのずと地球環境と衣料品についてのことに考えを巡らせ、
改めて、マアルでできることを大切にしようと背筋が伸びます。


今日は広島で櫻木がメンバーになっている「ぼくらのはなし」気候変動を考える会に参加してきました。たくさんのトピックの中でも、衣料品、という言葉がチラッと出て来ました。
衣料品は環境汚染産業のひとつとされるほど、原材料・製造上の環境汚染や大量廃棄など様々な問題が挙げられます。
会の前半、350Action小野綾子さんの気候変動ミニクラスを聞きました。
CO2を大量に排出している先進国。なのに、気温が上がることで海面上昇で国土が失われたり、砂漠化していくのは発展途上国。

衣料品に関しても同じだなと思って聞いていました。
大量に発注するのは先進国。けれども実際にスズメの涙ほどの低賃金で大量に製造し、排水が汚され、売れ残って廃棄に困った処分品が送られてゴミの山にされるのは発展途上国。
見えないところに押し付け続けて、私たちはいつまで知らんふりをし続けるのか。

そもそも、今日このブログを書こうと思ったのは、
明日4月24日は、2013年にバングラディッシュの縫製工場「ラナプラザ」の倒壊事故があった日だからです。
多数の縫製工場が詰め込まれ、朝から晩まで労働者が過酷な状況で働かされているビルの倒壊事故では、2500人以上が負傷し、半数近くが亡くなったと言われています。大半が若い女性だったそうです。

以来、この日を中心に世界中でファッションレボリューションと呼ばれる、衣料業界の体制の変革を求めるムーブメントがあり「Who made my clothes?」と問いかけるイベントが開催されています。


このラナプラザの事故、遠い国の、悲しい話で終わらせていいのでしょうか?
私たちの日々のお買い物がこのような事故とぎゅっと繋がっている現実が、
悲しいけど、あります。

この事故のこと、そして衣料品のリアルについて、ぜひこの映画をご覧いただきたいと思います。
広島のマアルの店では「マアルシネマ 」と題し、この映画を何回も上映してきました。
お近くで上映会の機会があれば、ぜひご覧いただきたい映画です。

 

原材料の生産のこと(農薬被害や土壌汚染etc)、製造過程(環境被害etc)のこと、廃棄問題のこと、いろいろありますが、このどれもに人が関わり、人権問題やフェアトレードのことが絡まっています。
話が広がってしまうので、
今日は「人」に絞ろうと思ったんですけど、すでに広がっている、、。

Who made my clothes? 誰が作ったか?を想像してみる

誰が作ったか?を知れば、単なる「モノ」が「人の手によって生まれたもの」と認知され、
粗末にできなくなる気持ちが生まれるのではないでしょうか。

想像力の及ぶ範囲は人それぞれだけれど、
例えばぐぐっと自分に近づけて、
大事な身内がその仕事をしていて、一生懸命縫ったとします。
それが、数百円で売られていたらどう感じるか?
何年も朝から晩まで働いて、腕に磨きをかけ、そうして働いてももらう賃金はとても生活できない金額。それでも一生懸命縫った服。
それが、「安い」という理由で買われ、「安い」という理由で断捨離されたり、袖をほとんど通さないまま、捨てられていく。ひどい話では、袖を通さないどころか、売れ残って捨てられていく。。。

 

手元に来た1着1着に愛着を感じれば、あらかた解決するような気がする

子どもの頃のアルバムを見て思うのは、1着1着に随分思い出が詰まっていたなと。
服の値段が今より随分高かったはず。
衣料品店で購入するそれを「誰が作ったか」までは知らなかったけれど、
時代背景的に考えて国内生産です。
考えてみるときっと縫製も素材もよかったんでしょうね、長持ちしました。
簡単に服を買うなんてなかったので(少なくとも平均的サラリーマン家庭だった我が家では)
服を買うのは何かイベント時。
普段着は母が作ってくれていました。
どこで買ったか、作ったか、親も覚えていたからよく「どんな時に誰とどこで買った服」という話が日常の会話に出ていました。
それって、なんて豊かなことなんだろう、と思うのはただの郷愁でしょうか?


私の衣服にまつわる思い出を少し。

幼稚園の入学式に用意してもらったボレロとジャンバースカートの2ピース。
今でもありありと覚えています。

グレンチェックみたいな柄のツイード生地で、
縁はサテンかベルベットみたいな光沢のある生地でパイピングされてて、
自分でも子どもながらに「素敵だな」と(笑)。
大のお気に入りでした。

これは、叔母の結婚式に出席したときも着ていたし、
祖母が再婚した時の結婚式にも着ていたし、
いわゆる「一張羅」です。
→この言葉、若い人知ってますか?

同じ服です。
幼稚園のアルバムにはこの服がなんども登場していました。

ボレロを脱いで、ジャンバースカートで、式典用から、
ちょっと特別な時用に。
お遊戯会だったり、お誕生日会だったり。


言うまでもなく、
この服は妹の一張羅としてその後も活躍していました。
そのあと、従姉妹に回っていったような気がします。

書いていて、しみじみ
いい話や。。と思いました。
こういう思い出、私は娘たちに作ってあげられたかな。

成人式の晴れ着こそ、私のものを娘たちは着ましたが、
ここまでの着回せる洋服、なかったような。
4歳離れてる娘たちの服は、ほとんどがそれぞれ用でした。

安いから長持ちしなくても仕方ない、
安いから失敗しても諦めがつく、
それって本当にお財布に優しいのでしょうか。
「安いから」の背景には、どんな理由で安くしているのか、ちゃんと理由がある。
私たちはとっくに考えないといけない時期に来ているのに、
ショッピングモールへ行くと、まだまだ信じられないような値段で売られている服があります。
何かに気づかないふりをして、
大きな代償を遠い国に、自分たちの未来に払わせようとしている。

 

わたしは図らずともこうして、小さな小さな衣料品を作る会社を運営するようになり、
昨日も1日電卓を叩いて原価計算をし、唸ったりしていました。

肌着を作る上で、
余って捨てる、なんてことをせず、必要な量を、誰をも苦しめない原材料を、
誰をも搾取することなく、正当な対価をお支払いするとなると、
どうやってもこの値段になる。
いえ、この値段以上のものになるんです。

 

マアルを立ち上げるとき「本当に気持ちのいい肌着は」と考え、
素材や形だけでなく、原料から製造、販売まで気持ちがよくフェアに繋がりあえるものがいいなと思ったのが「まあるくつながろう=マアル」の理由のひとつです。

 

去年の4月に発売した、念願の「わたしたちのふく」も、
原料から製造、販売まで全ての関係を透明にし、ご覧いただける「バーチャルトラベルチケット」を備えて発売しました。
それは、肌着づくりを通じて感じていた透明性の大切さを、服にも展開したもの。
今後もこういった仕組みを増やしていきたいと思います。

店ではフェアトレードの服「シサム工房」のポップアップが明日から始まります。
お買い物は投票、のフレーズを掲げるシサム工房さん。
発展途上国に暮らす人たちの自立支援になる取り組みのもと、服作りをされていらっしゃいます。

 

膨大な数の洋服が並ぶ現代に生きる私たちにとって、何を選び、どう身につけるか。

Who made my clothes 
考えて選びたいと思います。

 

いろいろ書きましたが、
1着1着に、たくさんの思い出が詰まっていくほど大切に長く着れば、
あらかたの問題は解決していくんじゃないかな。
わたしたちの毎日に、寄り添ってくれる衣類と暮らしていけたらと願います。