8月に、マアル肌着の大半で使っているbioReプロジェクトのオーガニックコットンの産地
タンザニアへ視察へ行ったこと。
そこで実際に訪れ、感じたことは
私にとって、マアルにとって、ものすごく大きなことでした。
まだ帰国してたったの3ヶ月ですが(去年のことみたいに感じます)、
すでに「あれがあったからこそ」の方向へマアルは進み始めているような気がしています。
なので今、土台固め的なことを私は地味に、人目に触れないところで黙々と、とても忙しくしておりまして、
日々検品をしながらいろんなこれからのことを考えています。
なんて言い訳を入れながら、
すみません!この日記へようやく
8月29日以来の11月16日に戻ってまいりました。
あと2週間後の11月30日(日)には、東京でのマアル展示会「冬日向展」で「タンザニア報告会」が予定されております。
ブログでは渡航記録としてつらつらと書いておりますが、
お話会では皆様がお使いくださっている肌着に関わるお話としてもう少し整理して、
(といっても想いが溢れてごちゃっとなったらご愛嬌でお許しください)
そして到底ブログではご紹介しきれなかった写真たちとともにお話しますので
ぜひお越しください→ 「冬日向展」申込先はこのブログから。
まだ告知もほとんどしておらず、空席たくさんございますゆえー☺️
さて、農場のことを読んでいただく前に、
ここまでのことをすっかりお忘れの方は(私も今一度読み返しました 笑)
お手数ですがこちらからお読みください。

タンザニア渡航記①
「いざアフリカ大陸へ!」

タンザニア渡航記②
「Remei到着・Naomiの威力」
オーガニックコットン農場を回る前に
Remei タンザニアの施設に着き、一晩休んだ翌朝から、いよいよ農場視察が始まります。
こう書き始めるだけで、
脳裏にはあの朝の爽やかな清々しい空気が蘇ってきます。
初日の朝は、Remeiで働く方々を講堂に集めてくださり、
WelcomeTimeを設けてくださいました。



ホールの前に並んだ椅子に座ると、画面右のマルコさん(Remeiタンザニアのキーパーソンです。マルコさんのこと、素敵すぎていっぱい書きたいのです。でも長くなってしまうので我慢。)司会で、
ひとりひとり、立ち上がって自己紹介をしてくださいました。
農場でどういうことをしています、パーチャスセンター(後程説明します)で働いています、植樹するグリーンを育てています等など。
その仕事について、都度マルコさんが説明を加えてくださって。
これはこの後、滞在中に農家さんを訪ねた時も、さまざまなプロジェクトの視察へ行った時にもずっと続くことなのですが、
「丁寧に接する」ということがどういうことなのかを、何度も何度もマルコさんから、そしてRemeiの方々から教えてもらいました。
私たちへ説明するのと同じボリュームで、身内であるスタッフさんや農家さんらにも私たち一同がここに来た理由、Remeiとの関係性を丁寧に話してらっしゃるのです。
ついお客様の前では、身内への時間を端折ったりするものですが、
時間をかけて、焦らず、双方に、ゆっくりと。
このこと、わたしとてもガツンと来ました。
おっと、ほら、まだ農場へ行く前の話でこんなに書いてしまう。。。
先に進めます。笑
もうひとつ驚いたのは彼らが皆、英語を話すこと。
農家さんとはスワヒリ語で話していましたが、Remeiで働く以上、英語は必要で勉強しているのだなぁと。
(これを書きながら、私も頑張らなくちゃとまた思い返しました。嗚呼、、。)
そして今度は、私たちの自己紹介タイムに。
心臓がドキンドキン、耳の横で鳴っていましたが、
まず私は「my name is NAOMI」で場が和むということを初日で習得していたので(笑)(?と思われた方は一つ前の日記へ)、
みんなに微笑んでもらってから、
『マアルは「マアルくつながろう」からもらった言葉で、
生産者のみなさま、作る人、使う人がマアルく繋がりあえたらいいなと思って名付けました。皆様とお目にかかれてとても嬉しいです。』
と、私は言ったつもり。です。
(大混乱な英語だったので伝わっていないと思いますが、)
優しいみなさんは、ニコニコで聞いてくださいました。
乾季・収穫シーズンを迎えた農場へ

滞在中、何ヶ所も農場を回りました。
数ヶ月に渡る乾季後半で、道も森も畑も干からびているため、
私たちにはどこが道なのか全くわからない状態。
が、ドライバーのサルミンさんはランドクルーザーを巧みに操り、木と木の間を急に曲がったり、干上がった川を乗り越えたりしながら連れて行ってくださいました。(川のこと、次の日記に書きます)。


農家の規模はさまざま。この2つの写真は大きめの農場とご自宅が。
泥を乾かし、レンガを作って積み上げたシンプルな構造のものです。
この2軒はすぐ傍に農場が広がっていましたが、家から離れたところに農場を設けている農家さんもいらっしゃいます。

最初に伺った農場では、親戚が集まって収穫の真っ最中でした。
このファッション、そしてカラフルな布を袋状にして肩に下げ、ひとつひとつ摘んだわたを入れていく様子は、これまで何度となくパノコさんのホームページで見てきた「オーガニックコットン農家さんのいる風景」そのもの!
そして、思っていた数倍広い!
8年前に伺った同じくbioReprojectのインドの農場と比べると何倍もの広さがありました。
ここに、綿の種を撒き、
間引きし、出来上がった綿を手で摘んでいくのだから、
相当な労働です。
私は岡山の小さな畑で綿を育てていますが、その面積ですら毎回へとへとになるのでから、
農家の方の作業量たるや。。。
視察に来たこともすぐ忘れ、ちょっとでも、一個でも、みなさんの作業の足しになればと綿を夢中で摘み、彼に何度か渡したら「ポレポーレー、わっはっはー」と笑われました。
「ポレポレ=のんびり」
ゆっくりでいいよ、と言ってくれたのか、のんびりだなぁ、って言われたのか、どちらかわからないままなんですが、ニコニコ笑顔でいろいろスワヒリ語で話してくれてました。
彼はたぶん私と同い年。だそうです。
たぶん、というのは、あまり正確に年をカウントするという文化はないらしく。
でもたぶん、だいたい私と一緒だと知り、一気に近しい気持ちが生まれました。
「オオー!ナオミー、ワッハッハー!」農場長の彼、これからも元気でいてほしいなぁ。


いくつか畑を回っていると、農場によって、綿の出来や綿花の大きさが違うことに気が付きます。
種をbioReで同じものを購入しているため、
土壌や経験、植える時期の違いなどによるものだろうと思われます。


Remeiでは、bioRe の農家さんへのさまざまな支援活動のうちのひとつとして、
指導のスタッフたちが畑を周り、育て方の相談に乗ったり、アドバイスを継続して行うことが挙げられます。
無農薬で育てているので、コンパニオンプランツと呼ばれる害虫対策のためのひまわりなどを植えることや、ニームという実から抽出した液で害虫対策できるよう、その製造方法を伝えたりなど、指導内容は多岐に渡ります。

年に2回、スイスから社長のサイモン(中央白いシャツ)さんが来るタイミングと私たちは重なった(重ねてくれた)ので、
ミーティングの様子も拝見させていただきました。
この農家さんは新たにbioReプロジェクトに加入された方のようで、
今後もよりよいパートナーシップを結び続けようというお話をマルコさんがスワヒリ語への通訳を交えながら長い時間お話されていました。
bioReプロジェクトは、5年間の買付け保証もあり、
途中で買い付けをやめるといったことがありません。
農家さんにとってはその保証たるやとても安心なことだし、だからこそ、お互いに収穫量を安定させ、ともに豊かになっていくような関係を築く努力をされているんだなと。

どの農場でも、私たちのことを丁寧に農家さんに紹介してくれ、私たちも自己紹介をする場を設けてくださいました。(もうナオミ炸裂でした 笑)。
『皆さんが作ってくださったコットンで、アンダーウエアを作っています。
今年で15年になるのですが、カスタマーのみなさまが「とても気持ちいい」と繰り返し購入してくださるんです。それは、まずは皆さんが丁寧にオーガニックコットンを作ってくださっているおかげで、REMEIさんと農家さんにとても感謝しています』
文法も何も無視した単語の寄せ集めみたいな英語で一生懸命、こう話したつもりです。
ある農家さんは「自分らが作ったものがどんなものになるか知らないから聞けて嬉しい」とおっしゃってくださいました。
ああ、マアルのタンクトップとか持っていくんだった!!!
まさかお腹をチラ見せするわけにもいかず、、もう私のアホーって、何度も思いました。
点在するパーチャスセンター(買い付け場所)

農家さんの家の一角に集められた綿。美しかったなぁ。
「パーチャスセンター」とは、買い取り場所のこと。
bioReプロジェクトの農家は32もの村々に住む、2,000名以上もの方々が参加しているため、
各村にパーチャスセンターが設けられ、REMEIが運営しています。
収穫した綿がある程度まとまったらヤギがひく車で、あるいは自転車で、パーチャスセンターへ運んできます。


こ、これです!袋の繊維!
生成りの生地に、綿のガクの茶色のポチッとしたもの以外に、黒や紫、赤といった繊維が混入していることがあり、パノコさんに以前お尋ねしたら、「収穫時の袋や布が混ざっちゃうことがあるんですよね」とおっしゃっていました。
漂白をしていない生成りの生地だから目立つもこともあり、
これまでマアルでは肌着でも多少避けてB品として販売してきました。
常々、それがとても勿体ないなと感じていたので、
今後それもご了承いただこうと思います。(改めてこれは書かなくては)。

結構ラフな感じに「今年もできたでー!」な感じで放出されるコットン。
でもこれ、1つ1つ、しつこいですが手摘みです。
これだけ収穫するのにどれくらいの時間を要したのだろうか。

パーチャスセンターには女性も働いていました。まだまだ女性が外の仕事につける割合は少ない国。
気になったので聞いてみたところ、男女差による給与の差はないとか。
さすがREMEI。恐る恐る質問するたびに、こうだったらいいなという答えが返ってくるのです。

どのパーチャスセンターにも、外に綿の分別見本が掲げてありました。
向かって左側が「買取OK」。右が買い取れないもの。
栽培中に虫がいた場合、右のような黒ずんだコットンができることもあるそうです。
その見本をもとにOKのコットンを重さを測り、買い取ってもらいます。
せっかく栽培したコットンが買取りに値しないのは悲しい。
だからこそ、日頃から何度もREMEIと一緒に、どうやったら虫がつかないか、生産量が上がるかのやりとりが繰り返されるということです。

REMEIでは、政府が決めたコットンの最低買取保証価格から15%上乗せで買取をしています。
オーガニック農法に対する成果を支払い、
農家に安心感を与え、「自ら発展の自由を与えるため」と表記されてあります。
各村の中心にあるパーチャスセンターでは
買取業務以外にも、農家さんが相談にやってきたり、オーガニック農法で使用可能な植物由来の殺虫剤を借りにきたりと、みなさんの集まる場にもなっているようでした。
パーチャスセンターから出ると、大概外に「なにやってんの?」と興味津々の子ども達が集まっていて、賑やか。アフリカンバティックがバッチリ似合ったみんなの表情も可愛くて!




集まったコットンは、袋にまとめられ、これでもか!と積みあげたトラックに乗せて
ジニング工場へ向けて出発します。
この古いトラックが出発する様子がまたすごかった。
動画でインスタグラムでご紹介しているのでそちらを見てくださいね。
相当重い袋に入ったコットン、
威勢のいい元気な若者が「どうだ!」な表情を見せながらチームプレイで積んでいく様子も
どこまでも明るく、私たちまで思いっきりの笑顔にさせてくれました。

REMEIはbioReの農家さんたちと「協働」という言葉を使います。
生産者さんとそれを買い取って世界に繋ぐ会社があって、どちらが欠けても成り立たないから。
その延長線上には、コットンを輸入し生地にする、今回私たちを連れて行ってくださったパノコトレーディングさんがいて、その先に生地を買うマアルがいて、その先にお客様がいます。
みんな繋がってる。協働。
そして、気持ちがいいものが出来上がっていく。
土壌に負担をかけず、循環しあえるもの。
まとめるにはまだ早いのですが、(むしろここから、ソーシャルプロジェクトのことを聞いていただきたい)、何度も胸が熱くなる農家視察でした。
ジニング(綿くり)工場のことまで書くつもりで始めた渡航記③ですが、
またしてもとても長文になってしまいました。
どうやってもあっさり書けない。
これでも相当端折っているのです。
もっともっと、みなさんに伝えたい(って、日記止まっていたくせにねぇ、、)。
これからが、いよいよソーシャルプロジェクトのことです。
bioReプロジェクトの特筆すべきソーシャルプロジェクト=ライフライン、水のこと。ほかにも。
ぜひ、次の日記(それはいつ!?)と、
関東の方は、11月30日のお話会に来てください。
チャイを飲みながらゆっくりお話ししたいと思っています。
しかも時間はたったの50分。まとめられるかな。頑張ります!
(広島でまずお話会するつもりだったのに、ごめんなさい。1月に必ず予定組み立てます。こちらもぜひお越しください)

