今日で帰国して2週間ちょうど。
想像をはるかに超えるいろんな感情を持ち帰ってきました。
さてどうやって報告をしようか、、と考えているうち、
自分の中に新しい問いが生まれてきて、調べたり、質問して答えをいただいたり。
すっきりした報告をしようという理想とは裏腹に、
日毎にタンザニアから波及したあれやこれや関心が膨らむ一方なんです。
国のこと、綿の栽培のこと、ヨーロッパとアフリカの歴史、、、
この調子では何も書けないまま冬に(!)なってしまう!
近いうちにお話会を広島でしようと思っているし、ippoの更新もしなくてはと思っているのですが、
まずは直接マアルに関係ないことも含めて、
渡航記として私の日記を書かせてもらって、自分の中の膨らんだ空気を少し抜きたい。
スッキリした報告とは真逆になりそうですが^^;よろしければお付き合いください。
日記は、今のところ6つに分けて投稿していこうと思います。
長っ!と思った人、いますよね 笑
フェアトレードのオーガニックコットンのこと、ソーシャルプロジェクトについては必ず改めて記事にしますので、ぜひそちらをご覧いただけたらと思います。
この日記は、50代の私がアフリカへ行って感じたこと。の一部。
そんなことも読んでみたいわという方がいらっしゃいましたら。
追記)早速、投稿した翌朝、ちょこちょこ追記と修正をしています。
そんな感じで今後の渡航記も、もしかしたら読む度に写真が増えてたりするかも。
個人の日記ということで多めに見てくださいね。

8月2日(土)午後。夏休みの週末ということもあり、ごった返す成田空港から旅は始まりました。
2017年インドの農場視察時同様、今回もアテンドしてくださるのがマアルが普段からオーガニックコットンを購入させていただいているパノコトレーディングさん。
マアルの創業時からずっとお世話になっている会社さんです。
今だから言うのですが、今回、私はアフリカ行きが不安でたまりませんでした。
お声掛けいただいたお電話で「行かせていただきます!」と喜び勇んで即答したのに、
後から後から、大丈夫だろうか、、と募る不安。
それは、
昨年、ちょうど今頃から帯状疱疹にかかり、アトピーが広がったという夏の疲れから引き起こした体調不良の記憶がまだ生々しくあることと、
マラリアといった見知らぬ類の病気の不安や予防接種問題、
防犯面なども、私はうっかりタイプなので、何か失敗してしまい、同行の皆さんにご迷惑をかけないかどうかという不安。
スマホのeSIM?の登録とか大丈夫か?
そもそも英語は?
何なのこの不安は。
次から次に頭に浮かび、まるで違う人になったような気分でした。
8年前のインドでは緊張こそすれ、不安はほとんど感じなかったので、
これがいわゆる、更年期特有のものなのかも?なんてことを思いながら、
下調べがてら見たyoutubeでまんまとおすすめされるグッズなどに手を出したり引っ込めたりしながらドキドキで準備を進めました。

出国手続き前に、パノコさんはじめとするご一緒する方々と集合したらあっという間に気が楽に(単純)。はぐれないように、目の端に常に誰かがいればまずは大丈夫かと。
飛行機はエチオピア航空。客室業務員さんの制服、ドレス姿の方もいて、とても素敵でした(写真がない。。。)
機内では映画を楽しみにしていたのに、
あれれ?!画面が近すぎて目のピントが合わない。。。
国際線に乗らなかった8年間の間に、私の目は老眼が進んだということに気がつきショック。
google map好きなので、まあいいかと後はひたすら、地図をタップして遊んでいました。

成田から韓国の仁川空港で乗り換えて、エチオピアのアジスアベバ空港まで12時間。
youtubeで「50代ロングフライトを乗り切るコツ」みたいなのをいくつか試聴し、ビビっていましたが、
特に何も困ることはなく、
腰が痛くなったら足をあげたり揉んだりしながら、
細切れに眠り、
乾燥する喉はマスクで対策して、
退屈したら地図で「うわぁ、今、ネパールの上だ」とか、ヒマラヤ山脈の山の高さに唸ったりしながら過ごしました。

アデン湾と呼ばれるこのあたりを飛んでいる時が一番興奮したかも。
イエメン、サウジアラビア、オマーンetc,, 中東のニュースで見聞きする国が地図に並んでいます。
国土の上空を飛ばず、
すれすれ、ずっと湾の上をなぞるように進んでいくルートでした。
地図に興奮している私の2つ隣に座った日本人の女の子が、
夜中もずっとライトをつけて勉強をしていて、私の隣の黒人のおじさんにどこへ行くのか?と英語で質問されているのが聞こえてきました。
アフリカへ来るのが夢で、ようやく夢が叶い、今から1ヶ月、ボランティア講師でウガンダへ行くとか。とても緊張している、と話していました。
おじさんは子どもみたいな彼女が一生懸命な様子に感心し、無事を祈る言葉をかけていました。
おじさんがお手洗いへ立った際に、つい私も話しかけ、頑張ってねと(日本語で)応援しました。
聞けば次女と同い年。
うちの次女も留学でいろんな人にお世話になってきました。
留学中、ひとりであちこち旅をしていたし(後で聞いてびっくりするほど)
こうやっていろんな国の人に見守られてきたのでしょう。
本当にありがとうございます、って、隣のおじさんに心の中でお礼を言いました。
そういえば帰りの飛行機でも、私は隣に座った黒人の青年から入国シートの記入のことで質問されたことをきっかけにいろいろ話しました。
彼はコンゴから農業視察の目的で初めての日本に、と話してました。
日本に着陸した瞬間に「welcome to JAPAN!」とにっこり笑いかけたら、すごくいい笑顔でありがとう。って言ってくれたなぁ。
完全におばちゃんのおせっかいゾーンに行きも帰りも入っていた私ですが、こうして日々、世界中でいろんな人が勇気を出して旅をしていることを目の当たりにして、
とても刺激をもらったのでした。
(おーい、全然タンザニアへ日記が辿り着かないぞー)という声が聞こえてきました。

そう簡単には着きません 笑
なんてったって地球の反対側ですから。
エチオピアのアジスアベバ空港で次の飛行機を待つ間、
カフェに入り、「トラディショナルコーヒー」というのを注文してみました。
しばらくするとおままごとみたいに小さなカップに、壺に入れたコーヒーを注いでくださいました。
エチオピアはコーヒー発祥の地じゃなかったっけ?
帰国したら周りの珈琲のプロたちに聞いてみようっと。
そう思いながらとても美味しくいただきました。

周りを見渡すとアジア人はぐっと減り、
白人、黒人、中東、、
人種のるつぼみたいなアジスアベバ。案内表記から、当たり前ですが日本語が消えました。

アジスアベバから3時間飛び、タンザニア(ダルエスサラーム)へとうとう入国!!!
空港についたら、早速スマホが使える様、eSIMの設定が待っていました。
初めての作業だし、もうこの手のこと(シム、とか意味がわかんない)が特に苦手なのでドキドキ。
1回目はうまくいきませんでしたが、「繋がらない場合」なんて丁寧なレクチャーのページがあるのもわかっていたので、どうにかひとりで設定できてホッ。
出国前に自宅でイメトレしていたのが功を奏しました。
こうしてひとつひとつ、心配をクリアしていくんだ。
飛行機の旅は、翌日国内線フライトが待ってますが、一旦ここで宿泊することに。
いやぁ、この調子で書いていたら、本当に私の日記は現地に辿り着きそうにないですね。
ちょっと飛ばし気味にします。
詳しくはお話会に盛り込もうと思います。

Wikiによると、タンザニアの法律上の首都はドドマですが、事実上の首都はこのダルエスサラームだそうです。たくさんの人、たくさんのトゥクトゥク、たくさんのバイクに混じって、日本車が。
聞くところによると乗用車の90%が日本車なんですって。
インドとそっくりの光景でした。

観光客用ではない、市民のビーチに立ち寄りました。
気温は26℃くらいで、カラッと涼しく、
泳いでいる人よりもちょっと涼んで憩いの時間を過ごしている人のほうが多そう。
この時、タクシーの運転手さんにスリに気をつけてと言われ、
ちょっと緊張しました。

夕食までの時間潰しに訪れた昔の建物が展示されている屋外博物館みたいなところへ。
民族によって少しずつ形状が違っていましたが、どれも土と植物でできていて、中は涼しく、カビっぽくなくて、ちゃんと部屋が仕切られているものもあって興味深かったです。
昔のタンザニアではこういう家があったのかーなんてこの日は思っていましたが、
翌日からの農村部では、こういう家がほとんどで今も健在でした。

ホテルで1日ぶりに大の字で熟睡し、次の日は朝から再び国内線でムワンザへ。
今度はタンザニア航空のプロペラ機です。
もう、アジア人は私たちだけでした。
次の投稿で説明しようと思いますが、スイスからRemeiの社長のサイモンとダルエスサラームから合流。
英語の比率が上がってきたー。聞きとるのが精一杯で、自分の口からは何も単語が出てきません。

緑のピンがムワンザ空港。ヴィクトリア湖のそばにありました。
飛行機の窓から見えた湖はまるで海。
それもそのはず、世界で3番目に大きなヴィクトリア湖は、なんと九州の1.8倍あるんだそう!

ここに、5時間かけて我々を迎えにきてくださっていたのが(!!涙)
Remeiタンザニアのスタッフさん達。
2台のランドクルーザーに2人ずつ分かれ、合計4人もお迎えに。
私たちを乗せたらトンボ帰りなんです。
この光景は帰りも。10時間のドライブ、お仕事とはいえ、、本当にありがとうございました。と何度でも言いたい。
というわけで日本を旅立ち、6時間時差があるので時間が後ろに引き戻されつつも、それでも3日目の昼に現地最寄りの空港へ着きました。
ここから5時間後に、いよいよRemeiタンザニアへ着くのですが、
それは次の渡航記で。

